今回は乙一さんのデビュー作でもある『夏と花火と私の死体』について取り上げます。
全223ページという薄さで読みやすく、物語も主人公である幼い兄妹を中心に展開されるので、難解なトリックもなく読み進めやすいですよ!
本書を手に取ったきっかけ
この本は私が大学1年生の頃、意気投合した友人にいただいた(借りパク)ものです。
その後、約5年間も本棚で眠らせ、2019年5月に読了しました。
なぜそんなに積読していたかって?
大学時代はオンラインゲームに熱中していて、シンプルに読書に興味がなかったからです。やがて読書の楽しみに気がつき、今では通勤時間や隙間時間に読書を嗜むようになった私ですが、結果として5年間も本棚に展示されていました。
著者 乙一
16歳の頃から小説を書くようになり、異世界ファンタジー長編を書き始めたものの上手くいかず、次に舞台を地元周辺の田舎町にして書いたものが、1996年(平成8年)に第6回ジャンプ小説大賞を受賞してデビュー作となった『夏と花火と私の死体』のようです。
作風
初期は、奇抜なアイディアの短編小説やハートフルなライトノベルが中心。
その一方『GOTH リストカット事件』はミステリー小説として、本格ミステリ大賞を受賞するなど高く評価されました。また初期の作品はホラー小説寄りのものと切ないストーリーに大きく分かれていたそうです。
アニメ、ゲームや漫画、映画鑑賞が趣味。スタジオジブリの作品のファンであると公言しているそうです。
代表作
- 『夏と花火と私の死体』
第6回ジャンプ小説・ノンフィクション大賞(1996年) - 『GOTH リストカット事件』
第3回本格ミステリ大賞(2003年) - 『ZOO』
- 『銃とチョコレート』
- 『くちびるに歌を』
- 『私は存在が空気』
『GOTH リストカット事件』に関しては文庫版上下巻を読んだのでいずれ記事にしたいと思っていますっ!
ほんのりとあらすじ
ある夏休み、一人の少女、「五月」が死んでしまう。
犯人は同級生で友達の「弥生」でだった。
「弥生」とその兄「健」はよる「五月」という少女の死体隠し、隠蔽工作を図る。
表向きは行方不明となってしまった「五月」を捜索する様々な大人が立ちはだかり、兄妹はなんとしても死体が発見されることなく証拠を抹消するべく、とある計画を実行に移す…
ざっくりこんな感じです。
読み終えてみた感想
まずこの作品がどんなジャンルに属するのか考えてみました。
後述しますがサスペンスの要素を含み、どこかミステリーのような雰囲気も感じる。その上で私の中で大きく2つの理由から本書はある種のホラー小説なのかな。という結論に至りました。
さて、私が勝手に思うこの作品の最も奇妙なポイントは、
物語の語り手が ”既に死んでいる” という点です。
普通は主人公の「弥生」か「健」。もしくは関係してくる第三者(大人たちなど)が普通だと思うんですけど…
”死人に口無し”とはよく言ったもので、犯人や殺害のトリック、事件の真相を握る被害者がベラベラと読者に喋るのは色々とご法度ではありませんか?
これが前述したある種のホラーなのではと感じた1つの理由です。
本書は犯人の特定や殺人トリック解明ではなく、兄妹が殺人の証拠を隠蔽する為に死体を隠し、大人たちの目をいかにして欺こうかと試行錯誤する物語なんですよねえ。
そんな様子を死体の主人公が、死んしまった事実に悲しむこともなく、ましてや弥生恨みを抱くでもなく呑気なような冷静なような不思議なニュアンスで語っていくんだからそりゃあ奇妙なもんですよっ!
サスペンスの文法を完全に呑み込んでいる。緩急の付け方、緊張の作り方、緊張を解く呼吸には文句の付け所がない。
「夏と花火と私の死体 」 解説 P217
解説ページで小野不由美が絶賛するように、毎回ギリギリのところで死体の発見を回避しては「このままではダメだ!」と次なる手法を試みていく兄妹。
このハラハラする展開は読んでいて思わず息を呑みました。
そして、読んだ人なら誰もが違和感を覚えるだろうポイントだとは思いますが
兄の「健」の年齢不相な発言の冷静さとやけに効率的な行動。
私の思う奇妙でホラーな理由の2つ目がこれです。
私なりになぜ「健」の性格がこんなサイコパスに表現されたのか色々考えたんですが、円滑に物語を進めるという理由の他に、子供とはいえ兄妹が行なっていることはれっきとした”悪”であるということが理由だと思いました。
だから作者はあえて子供の「健」を冷酷な犯罪者のような人格にすることで、犯してしまった罪の重さに押しつぶされそうですぐにでも逃げ出してしまいたい性格の妹の「弥生」と対比したのかなとかいう仮説を考えたりしてみました。
こう考えると…
- 冷徹な思考で隠蔽を積極的に進める首謀者「健」
- 激しく後悔しパニックで情緒不安定ながらも現状を打破したく兄に従う「弥生」
- 被害者でありながらもまるで他人事のように傍観する語り手「五月」
主要人物3人のバランスがとても良いようにも感じますねー!
やがて物語は最終局面。
兄妹は完全犯罪を完遂すべく、大きな賭けに出ます。
クライマックスは本当にギリギリの攻防戦が面白く、結末に関しても誰も予想できない驚きの展開です。
こんな人におすすめ
- 怖くないホラーを読みたい
- サクッと読めるボリュームくらいが良い
- ハラハラする展開を味わいたい
- 乙一の作品で何から読もうか迷っている
それぞれの登場人物の視点が面白いというのと、大変な罪を犯し引きかえすことのできなくなってしまった兄妹に待ち受ける結末をぜひ見届けてほしいです。